Crossout.txtは、シャドウランを舞台にした短編小説です。小説部分は1行36文字、 約1000行、40KB程の分量です。          ╋        ╋        ╋  あらすじ:  シアトルに事務所を構えるヤクザのヤマザキ組の内部で、若頭の座を巡って対立する ハーヴィ・ヤマザキとガルシア・ヤマザキ。ハーヴィが開発した新種のドラッグのデー タをガルシアが強奪する事で、この出世争いにも終止符が打たれる筈だったが・・・。  ヤクザのビルにろくな装備も持たずに潜入する二人のランナー、無駄なことが嫌いな クロスと無駄口の多いザンジヴァルの活躍や如何に・・・・ってな所でしょうか。          ╋        ╋        ╋  シナリオ化&注意点:  以下、この小説をシナリオ化する方法と注意点について幾つか書きます(長文です)。 小説のネタばれも含むので、出来れば先に小説の方を読んで下さいませ。  本来ならこの小説には同じ背景のシナリオを付ける予定だったのですが、私がインフ ルエンザに苦しんでいる間に締め切りを過ぎてしまったので、小説だけになってしまい ました。  しかし、この小説をシナリオにするために必要なのは、ビルの1フロアの地図と敵の 能力値程度ですのでそれほど苦ではないと思います(でも、他人に読ませるシナリオを 作るのは面倒なの(笑))。  ビルに潜入して物を取ってくるとか、誰かを始末してくる、と言う典型的なシャドウ ランになるはずです。  このシナリオのミソは、僅かな武装で仕事をする必要がある、と言うことです。ビル 内の至る所にちょっとした金属探知器が置いてあって、あんまり目立つ武器は持ち込め ない、とかしておくといいでしょう。酸素ボンベとか、そーゆー一見して武器に見えな い物は持ち込めます。拳銃、手榴弾、ナイフ程度の武器と、身体に埋め込まれた武器は 大丈夫という事にしましょう。  ちょっと矛盾を感じてしまいますが、火器を制限することでスリルが味わえると言う ことと、小火器技能をアサルトライフルに集中化/専門化している、とかそー言う人に は泣いて貰う(集中化/専門化にはこのような欠点がある事を教える)とゆー意図を込 めています、いちおー。  どーしてもアサルトライフルを持ち込みたいとか、そーゆー人にはそれなりの手段を 考えて貰うって事で(でっかい酸素ボンベに入れるとか(笑))。  魔法使いも同様です。スリルを味わって貰うためと、収束具や固定具をじゃらじゃら とぶら下げて精霊をぞろぞろと引き連れた魔法使いを戒める意味でも、自分自身以外に アストラルで目立つ物を連れては侵入できない事にします。  侵入先ですが、ヤクザが事務所のビルにわざわざ研究施設を作ってあるというのもち と不自然ですが、ラストには、やっぱり、兵隊を引き連れたボスキャラ(ガルシア君) を登場させたいってのと、「ヤクザの息がかかった研究所に侵入」よりも、「ヤクザの 事務所に侵入」の方がスリリングでいいだろうと思われたので、敢えてこーゆー設定に してあります。武装も制限されて、おっかない人達の所に行くって事で、プレイヤーに いっそう頭を絞って貰おう、と。  このシナリオの第2のミソはビルの対火災システムですが、これは事前に教えてあげ るべきでしょう。  依頼のシーンで「このビルにはこーゆーシステムがあるからこれをこーゆー風に使っ て仕事をしろ。そのためのプログラムは用意してある。」ってな感じで。 −−−−−−−−−−−−−−  以下、基本ルールには無い記述を解説します。  小説中ではザンジヴァルが自分自身をもアストラルで目立たなくして侵入しています が、これは未訳ソースブック「グリモア」と言う本に書いてある「入信(イニシエイト)」 と言う奴をすると出来るようになります。小説中にも書いてありますが、入信者として のグレードが上がると収束具を隠すことが出来るようにもなるんです・・・・が、まぁ、 興味があったら見てみて下さい。「グリモア」は翻訳予定のソースブックなので翻訳を 待つのもいいでしょう。  ザンジヴァルや敵の魔法使いが精霊と同時に召喚している「小鬼」ですが、これも、 「グリモア」に登場します。特殊能力がない代わりに安い精霊みたいなもんです。  クロスが使っている拳銃ですが、ハーヴィを殺す演技をする所ではプレデターを、そ の他の所ではプレデター2とゆーのを使っていますが、このプレデター2というのは、 未訳の「ストリート・サムライ・カタログ」に登場します。興味があったら見てみて下 さい。もっとも、基本ルールのプレデターと何ら性能は変わることが無い(なのにちょ っと重くて値段が高い)、翻訳されるときにはカットされるかも知れません。  「ストリート・サムライ・カタログ」は翻訳予定のソースブックです。  あと、あらすじにも書いてあるドラッグですが、この時代、麻薬は流行りません。流 行っているのはBTLと言う奴。だから、ここで言うドラッグとはドーピングに使うよ うな奴です。未訳ソースブックの「シャドウテック」という本に、身体をすり減らして 戦闘力を増強するような薬(その名もカミカゼ)が登場するのですが、まぁ興味があっ たら見てみて下さい。  「シャドウテック」は今の所、翻訳のアナウンスはされていないようです。  最後に、小説の前後にくっついているパソ通風の文章についてですが、シャドウラン のソースブックの多くは、シャドウランドと言う闇のBBSからダウンロードされてき たデータと言う形式になっているので、そのパロディです。もちろん、シャドウランド にはCBシミュレーターなんてありません。  もし興味があれば(?)、幾つかソースブックを見てみて下さい。          ╋        ╋        ╋  と、言うわけで、素人の拙い作品ですが楽しんで貰えるといいなぁ・・・。あと、ラ ンナーの態度やシャドウランについての解説を、ちょっと冗長かと思いつつも盛り込ん であるので、初心者の人の参考になるといいなぁ、とか思っていたりします。  意見や感想や仕掛けの元ネタがわかった(一つは「沈黙の要塞」だからわかりやすい かも)なんて場合には、ニフィティサーブのFRPGMのシャドウラン会議室かメール (God mail含む)でお願いします。                MGH02010@niftyserve.or.jp   JUN -----------------------------------------------------------------------------  ようこそShadowlandへ *シスオペからのお願い*  このシステムに対するサボタージュに関連した情報を持っている人は私に連絡を −それもASAPで。検閲は許されません。 カテゴリー 1. テキストベース/メールシステム       2. 掲示板 3. スペシャル・カテゴリー/トピックス(SIGS)  4. CBシミュレーター 5. ライブラリ・アーカイブ >5 ライブラリアーカイブ (1:データ一覧 2:検索 3:アップロード 4:ダウンロード E:終了) >4 データ番号またはデータ名 (漢字20字まで) :Crossout.TXT 確認 Crossout.TXT (1:OK 2:NG) :1 データ名:Crossout.TXT 登録日付:54/02/03   属性:テキスト  バイト:41472   参照:1546 処理 (1:ダウンロード 2:表示 E:終了) >2                クロス・アウト  cross out : 他動詞+副詞。cross offと同義。バツ印を付けて消す、の意から、        棒引きにする、帳消しにする、抹消する、の意味。          ╋        ╋        ╋  片道6車線の大通りは三重駐車を差し引いても3車線は確保されている。だが、 夕暮れのラッシュはその3車線をお目こぼしする気は無いようだった。  ラッシュの喧噪を踏みにじるかのようにアンビュランス(救急車)とペイントさ れたバンがサイレンを鳴らしながらあるビルに向かう。そのビルの前だけにはい かなるキャブも路駐していない。  何故なら、ロビーにネオンの菊やドラゴンの紋章や日章旗がある、そう言うビ ルだからだ。  玄関には”ヤマザキ・ビルディング-NO.6”の文字。  赤いランプの残像を残して救急車がビルの中に到着したとき、守衛のハグスは ようやくグラビアを眺め終わり、退屈なコラムに突入したところだった。  ニューズファックスのダウンロードの速度がイマイチな気がする。ハグスのよ うな、その手のグラフィックデータ・マガジンを専門に購読する身としては致命 的にいらつく。もちろん、彼は自分のそのささやかな趣味が公共回線のトラフィ ックスにどれだけ負荷をかけるかなんて考えもしないから、責任転嫁が文句に続 く事になる。  ’あの店員め。何がダウン速度を2倍にブーストだ・・・’  そしてそれは、救急車の運転手にIDの提示を求めた返答がプレデター2の銃口 に取り付けられたサイレンサーだった時も同じだった。  ’あの野郎・・奴の買った恨みを最初に受けるのは俺なんだよな’  ハグスの目と守衛室のカメラに映るのは救急車のサイレン。サイレンサー。銃 口。そして、その奥で微笑む見知らぬ男。クルシフィクス(十字架)。男の唇が何 かを物語ろうとした時には、ハグスの魂はストリートの深い淀みの中にあった。  守衛の死体を蹴飛ばしながら、蒼白い顔にクルシフィクスのペイントを施した 金髪の大柄な男がニューズファックスのコラムに語りかける。 「クロスだ。ここのカメラの画像を押さえてあるな?次はマップを出してくれ、  ホークアイ。」  画面が変化し、先ほどまで映っていたグラフィックデータを背景にビルの地図 が書き込まれていく。ご丁寧にモデルのバスト・トップにあわせて目標地点を示 す大きなブリット(輝点)が現れる。 「てやんでぇ・・・・」  クロスは無駄なことが嫌いな男で、ただでさえホークアイが侵入しているおか げで回線が重くなっているのに背景を付けることに時間の無駄以外の意義を見出 せない。白痴美を具現化したようなモデルの顔共々プリントアウトを引きちぎる。 「ちったぁ考えろよ、なぁ。」  見守るクロスの前で、守衛室のビデオデータが巻き戻しを始め、ほんの2、3 分前の平和だった頃の情景をロードし始める。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「なぁ、良く考えてくれよ。」  クロスが不機嫌に立ち尽くす横で、ザンジヴァルは頭を掻きながら言う。  指にはクバンジーフのハーメティック・サークルの一員である証のピュアなモ リブデンのアルカナムで出来たリングをはめネックレスには無数のガラクタをぶ ら下げた小柄なこの男は、大げさなジェスチャーと芝居がかったしゃべり方とダ ンサーのような歩き方のせいもあってかメイジと言うよりはシャーマンに見える。  スマートガン・リンクのシステムを内蔵したサングラスを下にずらして、上目 遣いに言葉を続ける。 「俺達は仕事はやったんだぜ。そりゃ、100%おまえさんが望んだようには進ま  なかったかも知れないけどさ。契約を遂行したら報酬を、ってのが社会のルー  ルだろ。お前さんみたいな三枚目は俺みたいな美形と違って社会のルールを  守って生きてた方がいいぜ。」  ザンジヴァルが拳で軽くデスクをノックすると、御影石風のデスクトップ・パ ターンを形成していた液晶が揺れてさざ波を立てる。さざ波はホイヘンスの原理 を計算しながら、デスクの上のネームプレートを越えて回折し、干渉する。ネー ムプレートには「ハーヴィ・ヤマザキ 副部長」とあり、その名前と肩書きが示 す人物が波の到達を眺めてからデスクの向こう側で眉をひそめた。  すきま風が吹き抜ける。戦闘の傷跡は覆いようもなくこのビルを侵蝕していて、 元々が金属疲労が激しいビルだったせいもあって風に揺らぐその振幅は常軌を逸 している。  構わずにザンジヴァルは続ける。 「昔はクレッドは国家や銀行のクレジット(信用)の指標だったかも知れないけが、  今はクレッドは単なる個人のクレジットなんだ。更に悪いことに、残念ながら  俺は他には他人の信用を計る指標を持ってない。  俺達は、仕事をこなした。だから、ここで報酬を貰いたい。すぐに、だ。」 「お前達がちゃんと守りきればこんな事には・・・」  ハーヴィは落ちついている風を装っているが、額に汗が浮かんでいる。ザンジ ヴァルは話にならないと言うようにハーヴィの言葉を途中で遮り、 「いいか、俺達が聞いてたのは連中が襲ってくるからあんたを守れ、って依頼だ。  このビルのどこかに重要なデータがあって、連中の本当の狙いがそれだったと  しても、俺達には関係ないこった。現にこうしてお前さんは今、生きている。  それがハーヴィ・ヤマザキの望みだった。そうだろ?」 「だから、払わないつもりはないんだ。ちょっとした事故で入金が遅れるってだ  けで…全く忌々しい事にな。くそっ、ガルシアめ!呪われてあれ!・・・なぁ、  今まで、俺がお前らに金を払わなかった事があるか?クソみたいな仕事を回し  た事は?それに、お前達がしくじった時には挽回のチャンスを与えてきたつも  りだが・・・俺には無しか?」  クロスが一歩前に出る。 「俺のサイバーアイでもって、デスクのこっち側から見ると、さ。ハーヴィ。」  言いながら、デスクの上に指で一本の横線を引くと、反応した液晶が漆黒の線 を残す。 「お前さん、もっとマシな言い訳を探した方がいいように見えるぜ。」  ハーヴィもクロスが無駄なことを嫌う男だと知っていた。引き出しを開くと一 枚のカードを取り出し、 「俺の生命保険の書類を収めた貸金庫のキィだ。受取人の欄は空白になってる。  報酬と違約金を支払う分くらいはあるはずだ。だが、うちの組の連中は気が荒  いのが多いぞ。」  素人目にも最高級のシールドが施されているのがわかるマグロックのパスカー ドがデスクの上に置かれる。その周囲に広がる液晶のさざ波はカードが置かれた 衝撃やビルの金属疲労だけでなくハーヴィの手の震えにも原因があるようで。 「じゃぁ、遠慮無く。」  プレデターを抜くクロス。目を見開くハーヴィ。滑らかな一連の動作。  ザンジヴァルが止めに入るよりも速くトリガーが引かれる。 「・・・悪い奴じゃ無かった・・・三枚目の運が無い野郎ってだけで。」  半ば呆然としてザンジヴァルが呟く。 「ああ。いい仕事回してくれたしな・・・だが、ビズのパートナーとしては失格  だ。今後のビズは別ルートから仕入れてくれよ、ザン。」  クロスはデスクの上に縦の線を書き加える。  しばらくの間、デスクの液晶はクルシフィクスを表示していたが、やがて線は 拡散し、消えていく。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  クロスの顔からトレードマークのクルシフィクスのペイントが消え、髪の毛を 七三に分けて眼鏡をかけて白衣を着せると、運転席の男になる。  ストレッチャー(患者運搬用のキャスター付き簡易ベッド)の上で毛布にくるま り、酸素マスクを付けているザンジヴァルの顔は笑いをこらえるので必死だった。 「最高、最高。少しは男前になったぜ。」  ザンジヴァルが囁く。 「てやんでぇ・・・・」  覗き込んでいたバックミラーを引きちぎるクロス。後部に移動してミラーをザ ンジヴァルに放りつけて見せてから、リアハッチを開き、スロープを下ろす。 「そうなりたくなかったら、搬送中はその口を塞いでろよ、ザン。」 「俺に命令するなよ、ミスタ・ドクター」  軽い衝撃がクロスの返答で、ストレッチャーが動き出す。ザンジヴァルは重傷 を負った若い衆になりきるべく、サングラスを外した瞳を閉じる。口ともども。  ザンジヴァルはどちらかというと無駄を好むタイプだったが自分やパートナー の命に関わるときにはクロスにならい無駄を省く程度の分別は持ち合わせていた。  重いストレッチャーを押すクロスのスピードが上がっていく。ほとんど小走り の状態で、慌てているドクターの様子を演出するためだ。  エレベータの前にはマッチョな護衛が二人。連中が仕切るクラブに出張ってい るような面構えの。  マッチョの一人が口を開いた。 「どうした?」  クロスは努めて日本人の発音を真似たシティ・スピークで、努めて狼狽した風 に答える。 「いや、デイリで負傷したんっす。例のブツを飲ませているので、ここのラボで  ないと。」 「見りゃわかるよ。なんで特別救急搬送用の出入口を使わねぇ?ぁん?」 「実は、最初に着てた白衣を焼かれちまって・・・IDもないんで、こちらから  通して貰わないと・・・一刻を争うんです。お願いしやす。さもないと・・・」  さもないと、お前達を殺して通ることになるけど。それがクロスの飲み込んだ 言葉だった。ザンジヴァルもいつでも呪文を投射できるよう、精神を集中させて いた。  護衛の一人はやや胡散臭そうな顔をしていたが、予想外に簡単に話は通った。 まさかヤクザの、それもハーヴィなき今、ヤマザキ組若頭筆頭候補となったガル シア・ヤマザキの事務所に乗り込んでくるような命知らずがいるとは思っていな いし、不法侵入の警報も鳴っていないからだろう。 (守衛室のカメラの映像に関して、少なくともこの1分15秒の間はホークアイ  が上手くやっていると言う事だ。) 「・・・・・まぁ、いいだろう。その代わり、念のため俺も付いて行くぜ。」 「へい。じゃぁ、エレベータのボタンをお願いしやす。」  地上から、7階までは10秒とかからなかった。だが、クロスが不幸な同乗者を 始末するには3秒も必要なかったのだ。  ストレッチャーの上からザンジヴァルが声をかける。 「やっぱさぁ・・・ヤック相手にこんなの仕掛けるのはまずいと思うな、俺。」 「今ならまだ間に合うかも・・・怪我人だから見逃してくれってそこから泣いて  頼めば、死ぬ前に死んだ方がマシってな拷問を追加してくれるかも知れないぜ。」 「死ぬよりも死んだ方がマシってな拷問の方が慣れてるからマシだと言・・・」  ザンジヴァルのセリフの途中でエレベーターが止まった。          ╋        ╋        ╋  7階は磨き抜かれた床の廊下と無菌室の連鎖で、そこかしこから窺える紫外線 のランプの光はこのフロアがいかにバイオロジカル・ハザード(生物学的危険)に 満ちているかを物語る。おそらく、全ての換気口には空気を構成する分子以外の 物質はどんな物であれ・・・神経ガスからウィルスを構成する微小なDNAの断片ま でを・・・吸着するナノボア・フィルターが幾重にも連なっているに違いない。  おまけに、ゴー・トゥー(情報)によると幾つか存在する非常口は全て溶接され ている。このフロアは完全な機密と、それ以上の気密が保たれる必要があるのだ。  ここにも、エレベーターを降りると護衛が二人いた。二人の護衛の驚愕の顔は、 倒れている死体を見たからなのか、それともクロスの銃を見たからなのかは判然 としない。確実に言えるのは、クロスの射撃とザンジヴァルの呪文投射の後、二 人から本当の所を聞き出すのは不可能になった事くらいか。 「今の、アストラルで目立ったぜ。」  ザンジヴァルが火球の使い捨て呪物である弾丸のアクセサリーを指で弾きなが ら言う。今頃は元素精霊や小鬼が警報を発して雇われメイジを慌てさせている頃 だろう。  ザンジヴァルは今回のビズではアストラル戦闘力を捨てていた。あらゆる収束 具をオフにして、一切の精霊を従えずに。何故なら、どっち道、相手の本拠でア ストラルが制圧できるわけは無いからで、余計な収束具はアストラルからの爆撃 の餌食になるだけだからだ。  ザンジヴァルの入信者としてのグレードがもう少し高ければ幾つかの収束具は 活性化して運べたかも知れないが、現在の段階では自分が魔法使いでない振りを するだけで精一杯だった。  ここまで見過ごされただけでも幸運と考えるべきだろう。 「そう思ったら予定通りそのインカムに細工してくれ。俺は火災報知器を起こす。」  クロスは答えるとザンジヴァルが寝ている毛布の下から手榴弾を一つ手にする。 「20秒後、ここで。」  クロスは言い残して手近な無菌室に入って行った。  その部屋には、かつては研究員が一名いた。今となっては端末の前にクロスが いるだけで、その他には死体しかない。端末のジャックにスティックを差し込む と、そこに組み込まれたプログラム・フレーム”ハーヴィの遺言”が起動するの を確認する。プログラム・フレームとは予め一連の作業を行うように構成された プログラムで、感染しないコンピューター・ウィルスのような物だ。  ここまで15秒。銃声がした。 「予想以上に行動が速い・・・。」  クロスは余裕を見てクリップを交換しザンジヴァルの所に急いだ。  部屋のドアの蔭で一回立ち止まり、次の銃声を聞いてから素早く頭と手だけを ドアの外に出して目に入った的を撃つ。しばし静寂。反対側から弾丸が飛んで来 て、クロスの足許で跳ねた。  クロスが振り返りざまに白燐がたっぷり入った手榴弾を投げつけたとき、その 手榴弾の目的地点辺りで巨大な火球が燃え上がった。4人の警備員が炎に包まれ る。18秒。 「派手な呪文をぽんぽん使う・・・」  ザンジヴァルが良く”爆炎の魔法使い”に関する冗談を語るのを思い出す。火 災報知器が発動し、やかましい警報と同時にスプリンクラーが消火剤を撒き始め る。クロスは火が消えないように、向かいの部屋の書類柵に向かってもう一つ手 榴弾を投げる。20秒。  ザンジヴァルが投げ捨てた二個目の弾丸のアクセサリーが床に乾いた音を立て て落ちた時、エレベーターの電源が落ちた。ゴー・トゥによれば、この警報発動 の3分後にはこのフロアを遮断する隔壁が降りて階段も使えなくなって、延焼を 防ぐために強制排気が−主に酸素を選択的に取り除く仕組みで−行われる筈だっ た。  ザンジヴァルは唯一の脱出口である階段への入り口を障壁の呪文で覆う。 「避難せよ、避難せよ」  警報の声が虚しく思えた所で、クロスが背後に来た。22秒。 「遅いぜ、ドクター。」 「すまんね。直通の内線番号は?」 「ゴー・トゥ通り。」  ザンジヴァルの答えをクロスが短縮ダイアルに憶えさせている間に、慌てて研 究室を飛び出してきた研究員達が隔壁が降りる前に脱出するために我先にとエレ ベーターホールに向かってくる。 「俺はこの呪文維持しなきゃいけないからそっち側は見えないって事で」  ザンジヴァルが言うと、クロスは頷いて、 「しばらくストレッチャーで寝ててもいいぜ。呪文さえ維持していれば。」  これが虐殺開始の宣言。そして、先頭を走る研究員二人を二発の弾丸で葬る。 倒れた研究員のすぐ後ろの研究員二人は事態を飲み込む前に死に、その次も。  結局、半ダースの研究員の犠牲の上に、脱出口が立ち入り禁止である事が生 き残った研究員達に理解された。  研究員達とエレベーターに半身を隠したクロスが向かい合い、睨み合う。  その時、情報よりも大分早く隔壁が降り始めた。”ハーヴィの遺言”が上手く 作動している結果なのだろう。それとも元々が隔壁が降りるまで3分の猶予があ るなんて嘘だったのか。非常事態には研究者全員死亡が画策されていたのかも知 れない。致命的な研究が行われているラボでは良くある事だ。それに、クロスと 向かい合っている研究員の人数から見て、3分の猶予で全員がたった一つの階段 から逃げ切るのは難しそうだ。おそらく中には非常口が溶接されている事すら知 らされてない者もいるに違いない。  それこそまさに、ヤクザが好みそうな手口だった。  隔壁が降りきった時、クロスは平然と、しかし否定を許さない峻烈さを込めて 宣言した。 「このフロアには、忌まわしい研究成果ともども消滅して貰う。生き残れるのは  精々が嫌気的な代謝のみで生存しうるバクテリアかウィルスってトコだろう。」  それに呼応するかのように、あらゆる換気口が猛烈な勢いで脱気を始めた。急 激な酸素濃度の低下は不完全燃焼で生じる一酸化炭素の濃度の上昇を伴い、低酸 素状態も一酸化炭素中毒も速やかな意識障害を伴う。だから、ここで窒息する時 には苦痛を感じるとしても1分以内だろう。確実で迅速な死神の吐息。          ╋        ╋        ╋  10分後には、エレベーター・ホールは決死の覚悟でクロスに立ち向かって射殺 されるか、あるいは窒息するかした死体で埋め尽くされていた。 「大丈夫なんだろうな、あのプログラムは。」  電気が消えたエレベーターの中で、酸素マスクをクロスに渡しながらザンジヴ ァルが呟く。クロスは一息吸ってから答える。 「わかんね。30分間火災警報をアクティヴに保つだけ、って話だ。30分で終われ  ばいいけどな・・・それに、こんだけ純粋な酸素吸ってると病気になりそう。」  マスクは酸素ボンベに接続している。ボンベ自体は底面の直径10cmで高さが40 cm足らずのシリンダーで、酸素濃度の調節機構とかその手の物は一切付いていな い。ただ単に圧縮された純粋な酸素を垂れ流すだけのシロモノで、質的にも量的 にも不安を呼び起こす。 「あんまし純酸素吸ってるとやばいけど・・・。30分なら平気だろう。怖ければ  吸わなくてもいいんだぜ。」 「てやんでぇ・・・。そろそろ全員くたばったろう。仕事にかかろうぜ」  死体の群を無造作に踏みにじってストレッチャーを押し、再び”ハーヴィの遺 言”を流し込んだ端末の前に移動する。ストレッチャーの上に寝そべったザンジ ヴァルが時折クロスの口元にマスクをあてがい、クロスは一心に目的のデータを 検索してダウンロードする。 「上手く行きすぎて怖いぐらいだな。」  ダウンロードを終えた所で、クロスが言う。 「予想外に隔壁が降りるのが早かったからな。外から応援が到着する前に片づい  てラッキーだったって事だろう。」 「そうかぁ?いくらデイリだって言っても、あんまりにも警備が薄すぎるぜ。何  かこの辺でいきなり銃を突きつけられたりしそうな予感がしてならねぇ。」 「ご名答。」  二人の背後で声がした。それも、死刑宣告のようなヤツが。 「振り向く前に銃を捨てろ。それから、ベッドの上のお前は絶対にこっちを見る  なよ。魔法使いだって事はわかってる。俺達を視野に入れようとはしない事だ。  ・・・もっとも、1ダースからの精霊や小鬼がお前の呪文をインターセプトす  る準備をしている所で呪文を使うほど愚かだとは思えないがな。」  クロスは銃を捨てて、両手を上げ、ゆっくりと振り向く。死刑執行人は黒豹の ような、鍛え抜かれたしなやかな筋肉とサイバネスティックの鎧をレザーのジャ ケットとパンツで隠した黒髪に黒眼鏡の男と、似たような衣装と魔力を纏ってい るであろう男の二人連れという姿だった。エレベーターを守っていた見かけ倒し のマッチョとは違って本物のヤック・ソルジャー、文字通りのサムライであるこ とは一目瞭然。マッチョがクラブの門番だとしたら、この二人はさしずめクラブ のVIPルームでパトロンの近くで高い酒をチビチビやりながら静かに目を光らせ てるタイプ。 「たかが拳銃一丁と火災警報で良くもまぁここまで殺してくれたな・・・一応、  正体と目的と他の仲間を聞いておこうか?」  クロスは状況打開の鍵を瞳で探し求めながら、それが虚しい努力だと思い知っ た。望める事と言えば、上手く言いくるめるか慈悲にすがるかくらいで、笑い話 のネタにはなるかも知れない。 「ハーヴィの遺言執行人だ・・・もう15分くれたら友達になれると思うが・・。」 「余計なことは言わなくていい。目的と正体はわかった。それに、ハーヴィに義  理立てしたとなると、本気で二人だけで死にに来たってのも考えられるが・・  後はデッカーが一人SANの付近までアクセスしてるかリガーが逃走用の車でバ  ックアップしてるか、ってところか」  考え込むように銃口をクロスから酸素ボンベに移して 「言っておくが、15分経過して友達になった所で、俺に出来ることと言えば友の  死を悼むくらいさ・・・さて、その酸素ボンベを貰おうか。ベッドの上のお前  ・・・こっちを向かずにそのボンベだけをこっちに転がせ。余計な動きはする  なよ。」  プロだけの事はある。ザンジヴァルの呪文の中にはインターセプト出来ないよ うな種類の物が二つある。  一つ目は相手に接触する必要がある呪文。それを理解しているから連中は近寄 ろうともしない。これは絶望的だ。  二つ目は障壁の呪文で、直接相手を目標とするわけではないので、呪文がアス トラルを通過するそのコースを相手に読まれる事はないし、アストラルを呪文が 通過する時間が短いのでほぼ確実に邪魔されずに投射出来る。これでクロスを守 る手もある。が、そのためには振り向いてクロスを視野に入れる必要がある。振 り向いて呪文を投射する前に撃ち抜かれているだろう。おまけにライフラインの 酸素ボンベを渡せと言う。これも絶望的と言える。  とすると、出来ることは・・・。  ザンジヴァルの手が余った手榴弾に伸びる。ボンベの代わりに投げ付けてやる つもりで。安全ピンを抜こうとした時、クロスが口を開いた。 「そう言や、お前さんがた酸素を持ってないように見えるけど・・・」  魔法使いらしき男がニヤリと笑う。 「ああ、空気の元素精霊って奴か・・・道理で。良く生きてられると・・・」 「余計なことは言わなくていい、と言ったぞ。早くボンベをよこせ。」  手榴弾を投げても精霊に封じ込まれるか投げ返されるだけだと悟って、ザン ジヴァルはおとなしくボンベを転がす。息を止めていられるのは2分か3分か、 絶命までの時計が刻み始める。それを承知の上で、たっぷり30秒は時間をおい て睨み合いをしてから、サムライは口を開いた。 「日本の諺を教えておいてやる。策士策に溺れる、って奴をな。」  黒豹のサムライは嬉しそうに典型的モンゴロイド風の細い目をさらに細くし て、クロスの右足の甲に弾丸を撃ち込む。ブーツが破れ、皮膚を貫き、足趾伸 筋腱が裂けて中足趾骨が砕けた。 「・・・!」  激痛に顔を歪めながらも、クロスは叫び声を抑えた。無駄に使える酸素は無 いし、クロスは無駄なことが嫌いだった。 「楽しませてくれる。」  銃声。そして、左足に激痛。  弾丸の炸薬は酸素無しでも爆発するのが恨めしい。 「はっ・・・」  さしものクロスも息が漏れた。だが、そこで吐き出した分を吸い込みたくて も酸素は無い。痛みと息苦しさに圧倒されて、喉に手を掛けて膝を付く。  顔面紅潮や手足の運動麻痺と言ったヘモグロビンと一酸化炭素が結合した時 の症状が出始めていて、激しい頭痛が襲いかかる。 ”やべぇ・・・ザン、何とかしろ・・・まさか、もうくたばったか・・・”  ストレッチャーの方を見ても、ザンジヴァルは向こうを向いたままで、まだ 生きているのかどうかさえもわからない。  銃声。クロスの右の膝が砕けて靱帯が断裂する。酸欠よりも前にショック死 しそうだった。痛みや失血で。意識を保つだけで精一杯だった。 ”もう一撃来たら、間違いなく終わるな・・・”  増強した筋組織が膝蓋腱の破壊で無秩序に収縮しようとしてクロスはバラン スを崩し、倒れる。ストレッチャーの下にサングラスを握ったザンジヴァルの 左手が力無く垂れ下がっているのが見えた。 ”やっぱり、無謀すぎたって事か・・・。”  黒豹の足許に転がる酸素ボンベがヤケに遠い。クロスは目を閉じた。意識が 遠退き始める。  銃声。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「そりゃ無謀だって。」  話にもならないと言わんばかりにホークアイはトサカのような髪の毛を揺さ ぶった。キャフェ・ネオプラの防音ブースのテーブルに3人分のグラス。一つ をホークアイが飲み干した。 「ヤック相手にするって?それも、ヤマザキ組のガルシアを?根本的に抹消し  て再起不能に?・・・おいおい、冗談じゃないよ。やめときなって・・・。   知らないようだから親切で教えてやるけど、ガルシアの野郎は最近すげぇ  キテるドラッグを開発して経済的には飛ぶ鳥を落とす勢いで、おまけにライ  バルのハーヴィってのが誰かに殺されて、政治的にも向かうトコ敵無し、手  が付けられない状態で、次のヤマザキ組若頭にほぼ決まりって噂で、しかも  その・・・」 「あー、おー・けい。おー・けい。」  ホークアイは頼りになるデッカーだ。致命的な欠点も無い。喋りだしたら止 まらないことを除けば。ザンジヴァルが遮らなければどこまで噂話が続いた事 やら。大体において、クロスもザンジヴァルもストリートの噂に関しては不自 由していない。  二人が不自由していたのはヤマザキ組の事務所ビルに侵入する最初の一歩を 提供してくれるデッカーだけだった。 「プランはバッチリなんだ。後は、ホンのちょっとしたプッシュがあればいい  だけ。」  ザンジヴァルはハーヴィの貸金庫に入っていたデータスティックを取り出し てホークアイに見せる。 「どうだか・・・口が先行するタイプだからね、ザンは。大体、こんな話に乗  るなんてクロスらしく無いぜ。今回ばかりは駄目だよ。交渉成立のクルシフ  ィクスは出来ないぜ。」 「口数の多さでお前さんにどうこう言われる筋合いはねぇぞ・・・。だから、  クロスも乗りたくなるくらいの確かな話なんだって。元ネタはハーヴィの幽  霊。いいか、そもそもあのドラッグはハーヴィが開発してしまい込んでおい  たのをガルシアの野郎が・・・」 「おい。」  と、クロス。 「俺のサイバーアイでもって、ここから見ると、さ。」  ナイフでテーブルに横線を引く。ホークアイの顔に諦めが見え始める。 「お前さん方は少しボリュームを下げた方がいいように見えるぜ。」  しばしの沈黙。ホークアイが折れた。 「わかったよ。で、本当の所、どういう筋のネタでどういう働きを期待してる  ワケ?」 「ハーヴィの筋なんだ。それは本当だ。だから、ヤマザキ相手でも行ける筈だ。  ホークアイ、お前に頼みたいのは、まずは陽動。シゲタ組が兵隊を集めてる  とか、その手の話をヤマザキに流して欲しい。もう一つは、1個SANを破って、  1個のSNを仕切ること。要するに守衛の詰所だけ押さえたい。システムマッ  プはあるし。そのドラッグに関するラボデータやなんかは俺達が抽出してく  る。お前さんにゃ流せないがね。だから、最初に小さな穴を開けて欲しいの  さ。・・・それだけだ。」 「それだけ・・・ねぇ・・・シゲタにゃ地下リングで働いてる知り合いがいる  し、あんまり気が進まないなぁ。・・・大体、システムマップなんてどうや  って・・・いや、止めとこう。聞かない方がいいやね、そう言う事は。」  ザンジヴァルが口出しする。 「知り合いの事、気にとめるんだ、お前さんでも。」 「紹介しようか?ティル・ナ・ノーグ(アイルランド)帰りの凄腕の間抜けだぜ。」  クロスは少々不機嫌になって、 「どこの間抜けだろうが、俺達のビズには関係ない筈だろ。それに、この仕掛  けは二人プラスお前さんの助力が最適なんだ。武装も魔法も最低限。負傷し  たちんぴらが持っていそうな位の、な。徹底的に目立たず小回りが利くよう  にしたい。・・・で、どうだ?1万出す。」  1ランクタフな仕掛けだが、一桁上の報酬にホークアイの心も動かされたよ うで。 「豪気だね。ピストルやSMGだけでヤクザの事務所に乗り込むってか?死ぬ  なよ、クロス・・・少なくとも俺に金を振り込む前には。」 「SMGは貫通力が足りないし、やかましいから使わない。銃だけだ。だけど、  振り込みの方は大丈夫だと思う・・・・が、相手が相手だしな。何か異常事  態が起こったら−例えば、派手な爆発とか−お前さんは追跡されないうちに  とっとと消えた方がいい。報酬は期日指定で振り込んでおくから安心しろ。」  そう言うと、クロスはナイフで縦の線を書き加えた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  派手な爆発音がして衝撃でクロスは床に叩き伏せられた。いや、元々倒れて いたのだっけ・・・前後不覚とはこういう意味か。  続いて銃声。もう一発。訪れる静寂。そして、 「策士策に溺れる、だとよ。何とか言ってやれよ、クロス。」  ザンジヴァルの声がする。魔法の力でクロスの傷が癒え始める。それよりも クロスが欲しいのは酸素だった。クロスが目を開くと黒豹の足許に転がってい た筈の酸素ボンベは跡形もなく、爆発の痕跡と二つの黒装束の死体。   ”馬鹿野郎・・・どうやって倒したのか知らないが、どうやって生き延びるつ  もりだ・・・”  何かを言ってやるような余裕を持たないクロスは絶望的に咎める視線をザン ジヴァルに投げるのみ。全身が酸素を求めて痙攣していた。 「あ、言ってなかったっけ。ボーイスカウトなんだぜ、俺は。」 ”何言ってやがる・・・こっちは空気の精霊は使えないはずだぜ?・・・お前  はどこの酸素を吸っている?・・・何でもいいから、あるなら酸素をくれ。” 「だから、常に備えてるワケ。」 ”いいから、もったいぶらずに酸素をよこせっ!!殺すぞっ!!” 「予備の酸素ボンベとか・・・さ。」  ようやくクロスの口にマスクがあてがわれた。無酸素運動を行うときに一時的 に不足する事が出来る酸素量、つまり酸素負債の最大値は、平均的な人間の場合 骨格筋の量にもよるが8〜10リットルだと言われているから、肺活量が5リッ トルの人間が1回の深呼吸で1リットルの酸素を吸い込むことが出来るとすると ・・・なんてザンジヴァルが計算している前で猛烈な勢いで深呼吸していたクロ スがようやく口を開く。 「ひとが窒息してる様子を見て喜んでるなんざ、最低だぜ、ザン。」 「ばれたか。」  反省の色もなく、ザンジヴァルは言う。良く見ると、爆発の影響か、ザンジ ヴァルも所々に負傷を負っている。クロスは立ち上がって、 「てやんでぇ・・・次に似たような事をやったらその場で切り刻むぜ。にして  も、どうやって酸素ボンベを撃ったんだ?」  ザンジヴァルは答える代わりに毛布に開いた穴を指さす。毛布の下からしか 撃てないことはクロスにもわかっていたし、クロスが聞きたかったのは向こう を向いていたザンジヴァルがどうやって狙いを付けたのかと言うことだった。  「盲撃ちで?運に頼って、か?」 「まさか。そこまで馬鹿じゃないって。確実に二人を一撃で倒さなきゃヤバい  状況で・・俺が運に頼るとでも?」 「お前ならやりかねんぜ・・・。いいから教えろよ。お前が振り向きもしない  でベッドの中から正確に一点を射撃するほどの腕前なら俺は失業だぜ。」  ザンジヴァルはストレッチャーの上からサングラスを取る。スマートガン・ リンクは接続されている。 「こいつをベッドの下に出して見てたわけだ。銃口がどこにあろうとクロス・  ヘア(照準)は表示されるし。クロスが倒れてようやく射界が取れたんだけど  ・・・意地張らないで、とっととノビた振りしてくれりゃいいものを。」  痛みに耐えてザンの壁になっていたつもりだが、痛い思いをしただけ馬鹿だ ったって事か・・・クロスは苦笑しつつ、 「お前が先にノビた振りしてたから出来なかったんだよ。紛らわしい。だけど、  ベッドの上からどうやってクロス・ヘアを見たんだ?」  ザンジヴァルは答える代わりにサングラスを裏返した。つるの間に救急車の バックミラー。          ╋        ╋        ╋  黒装束の二人がクロス達を襲撃するまでに15分前後を必要とした理由は、自 分達の仕事を心得ていて、襲撃以前に最重要と思われる研究員の保護を画策し ていたからだった。つまり、重要な人間を何人かオペ室に集めて、わざわざ麻 酔下において酸素吸入を行っていたのだ。酸素を節約しつつ多数の人命を救う と言う観点から見ると、ほとんど完璧な処理だ。 「冬眠の呪文を知らなかったか・・・あるいは、維持する手間や精霊を惜しん  だか・・・。」  ザンジヴァルが呟く。クロスは銃を構えていた。 「どっちにしても、無駄な努力だったって事だ。」  黒装束二人の15分の努力は3秒で水泡に帰した。  こうして、クロスとザンジヴァルが7階の人的資源の完全なせん滅を果たし たときには既に28分が経過していて、そろそろ”ハーヴィの遺言”の効果が切 れる・・・つまり、火災警報が解除されてエレベータや階段から援軍が押し寄 せてくる頃合。隔壁を開く前段階として非常用の紫外線の殺菌灯がフロア全体 を照らし始めた。  クロスとザンジヴァルはオペ室にあった酸素ボンベをストレッチャーに積め るだけ積み込むと、エレベーターホールまで歩いて行く。途中でザンジヴァル は小鬼の召喚を試みるが、召喚した瞬間に消滅した。敵は警備を解いてはいな いようだ。ザンジヴァルは次に、リストフォンのスピーカーのボリュームを最 大にした。          ╋        ╋        ╋  30分。紫外線のランプが消えて隔壁が上がり始めると、ギリシャのファラン クスよろしく暴徒鎮圧用に警察が使うようなシールドの壁が出来ていて、クロ スとザンジヴァルの攻撃意欲を削ぐ。更に隔壁が上昇すると、林立する十丁を 越えるライフルの銃口が二人に狙いを付けている。  新鮮な空気が流れ込んでくる。  そして、最終的にはシールドの向こうに兵士の顔が見えるようになって、綺 麗に列を作っている兵士の後ろに最後のターゲット、ガルシア・ヤマザキが立 っていた。ガルシアの口から最初に聞こえてきたセリフは、いかにも芸がない 奴の言いそうなしろもので、 「信じられんな。ランナーとはもっと賢いと思っていたが・・・どう言う運命  が待っているかわからないワケではあるまい。・・・両手を上げろ。」  二人はこれも芸が無いことに両手を上げた。ガルシアの合図で武装解除が始 まる。二人が持っていた拳銃や予備の拳銃、手榴弾、プラスチック爆弾とその 起爆スイッチ、クロスの指先の単分子鞭など、あらゆる武器が取り去られる。 流石に指先容器までは取られないだろうと踏んでいたクロスはヤクザの伝統的 な技能に指の切断術−それも、かなり野蛮な種類の奴−があることを知らなか った。クロスは極力苦痛を現さずに無言で手を上げたままの姿勢を保つ。  爆弾の代わりにに使おうとわざわざ運んできた酸素ボンベもストレッチャー ごと取り上げられた。酸素ボンベの他にも幾つか武器を仕込んでいたザンジヴ ァルはこれ以上ないほど悲痛な表情を見せたが、やはり沈黙を守り続けていた。  一方で、ガルシアが語り続ける。 「色々と聞きたいことがある。このビルの情報やお前達が使ったプログラムは  どこから手に入れたか?ハーヴィを殺したお前達が誰の依頼で動いているの  か?・・・実際いい腕だ。こんな馬鹿なことをしでかさなければ俺が使って  やっても良かったくらい・・・。」  二人は互いに顔を見合わせて、静かに笑う。 「何がおかしい?気でもふれたか?」  クロスは口元に微笑みの残照を残したまま無言でガルシアを睨み付ける。 「何とか言ったらどうだ?省ける手間は省きたいのだがな。」  ガルシアが凄みのある声で言う。流石にヤクザの中で出世しようと言うだけ あって、ガルシアのセリフにはラテン系の情熱のみならず、得体の知れない迫 力が備わっている。流れの速い渓流の底にヘドロが蓄積しているような、そん なイメージ。周囲から音という音がかき消されて、ガルシアに対するクロスの こたえだけがこの場のBGMに相応しいと誰もが納得するような。  だが、こたえたのはクロスではなく、ザンジヴァルのリストフォンだった。 「じゃぁ、お言葉に甘えて喋らして貰おうか。」  それも、幽霊の声で。 「ヤマザキ組若頭のハーヴィ・ヤマザキだ。以後はよろしく頼むぜ、ガルシア  若頭補佐。」 「な・・・」  言葉を失うガルシア。兵士達の間に動揺が広がる。 「若頭就任の最初の挨拶として、君たちに格言を一つ贈ろう。”邪魔者の始末  は自分でやれ。そうでなくても確認は怠るな”だ。それから、ガルシア、君  の若頭補佐としての最初の仕事は、この騒ぎの責任を取ることだ。言ってお  くが、オヤジはそこで何が起きたかを正確に把握しているぞ。下手な隠し事  はしないことだ。」  クロスがハーヴィの後を引き継いで、 「と、まぁ、そう言うワケだ。この先も今の生活を続けて出世したいと思って  る奴はガルシアを見限って俺達に付いた方が得だぜ。賢い奴はこっちに来な。」  二人の武装解除をしていた兵士達が最初に動きを止めた。だが、それだけだ った。ザンジヴァルはリストフォンに向かって無駄口をたたく。 「話が違うじゃん・・・ガルシアは人望がないからこれで大部分の兵隊はこっ  ちの味方になるって予定だったのに。ハーヴィ、若頭だか前頭三枚目だか知  らないが、あんたの人望もこんなモンらしいぜ?」  ガルシアは怒りで震えている。だが、その口調は意外に冷静で、 「魔法も武器も押さえられてるって事を忘れて図に乗るなよ・・・お前達だけ  をこの場でなぶり殺してもいいんだぞ・・・いや、それよりも洗脳して全て  ハーヴィの仕組んだ狂言ってシナリオにするか・・・」  この期に及んでもこの状況を打開してハーヴィを失脚させるための絵を描く ガルシアは、ある意味で間違いなく筋金入りのヤクザのパワーエリートなのだ。  動きを止めていた兵達に変わらぬ迫力で命令する。 「とにかく、その忌々しい電話を切れ。それから、管制に全ての外線を閉鎖す  るように言え。」  兵士が動き始める。ハーヴィはこの場から断ち切られた。 ”度し難い・・・”  二つの理由からクロスは思う。  一つ目の理由は兵士達がガルシアの命令に従っているからで、クロスにはそ れが不思議でしょうがない。今となってはガルシアを見限り、ハーヴィに媚び を売るのが一番の得策ではないか。クロスの思惑では誰か一人がガルシアを裏 切り、この場でガルシアを射殺するなり何なりして全てに決着が付く筈だった。  それが意に反して未だにガルシアに忠節を尽くすかのような素振り。ヤクザ って人種は、いや、日本人の社会ってのは、これだから良くわからない。 ”イチレンタクショウ?”  クロスの頭の中に聞きかじった日本語が思い浮かぶ。意味は必要十分な程度 には理解していた・・・つまり、誰かと一蓮托生なんて、クロスは御免だった。 「ガルシア。俺のサイバーアイでもって、ここから見てると、さ」  怒りと焦燥感に充血しつつあるガルシアの瞳が一回り大きく見開かれてクロ スを睨み付ける。クロスの指を切り落として武装解除をしていた兵士の動きが 畏怖からか畏敬からか、再度止まる。  だが、クロスはそのガルシアの眼光を正面から見据えながら、 「お前さん、俺の指の代金を支払った方がいいように見えるぜ。」  二つ目の理由は、クロスとザンジヴァルに対するガルシアの態度だった。優 秀な兵士と高度な装備を集めれば戦争には勝てるかも知れない。事実、そうや ってガルシアは幾つかの戦争に勝ってきたのだろう。なるほど、戦争に関して はガルシアはプロかも知れない。  だが、シャドウランとなると話は別だ。シャドウランは戦争で言うところの 奇襲・・・つまりは、戦争の教科書には書いていない邪道な戦術だ。  大きな銃を撃つだけ、とか強い魔法を使うだけと言う連中はまっとうな戦争 をしているまっとうな兵士というだけであって、その影を走っている人種とは 共通点は多いが根本的な部分で食い違う。  戦争が巨視的な物事の流れそのものであるならば、シャドウランとは微視的 な物事の趨勢を致命的に左右する一撃−それも、あらゆる状況で、目立たない ように、静かに、影の中から、しかもなお冷徹に放たれる一撃。  ランナーのランナーたるゆえんは、その武器にあるのではなく、シャドウラ ンを遂行する能力にあるのだ。  だから、安全なランナーは死んだ奴だけだ。武装解除しただけで安全になる ような奴は戦争屋の中にはいるのかも知れないが、ランナーにはいない。  特に、ランナーの中でもクロスを相手にしていて、しかも指まで切り落とし ておいて「武装解除したから安パイ」とは、勘違いもはなはだしい。  だが、戦争屋のガルシアは嘲笑の中に明確な殺意を込めて、 「ここで、まだブラフをかますその根性だけは誉めてやろう。だが、そう言う  行動は時に残り僅かな寿命を縮めるという事は知っておくべきだ。特にお前  達の武器の全てがネオンの菊の息子達の手にあるような状況ではな。」  動きが止まっていた兵士に言う。 「もういい。下がれ。やはり、こいつらはこの場で殺す。」  武装解除をしていた兵士は引き下がる。その頃合を見計らってザンジヴァル が二人のごく近くに障壁の呪文を掛ける。予想通りインターセプトはされなか った。 「その呪文がいかに精神力の無駄遣いかは掛けた本人が一番知っているんだろ  うな」  と、ガルシア。  もちろん、ザンジヴァルにはわかっていた。これだけの銃口を前にしたら障 壁と言えど0.5秒とは保つまい。そう、死ぬのが0.5秒遅れるだけなのだ、と。 そして、ガルシアにとってはエキサイティングな時間が0.5秒延びるワケ。  だが、もう一つザンジヴァルにわかっていた事がある。それは、クロスは死 ぬ前の0.5秒をも無駄にしない男だと言う事だ。 「俺は無駄なことが嫌いでね。無駄な抵抗もしない・・・諦めようぜ、ザン。」  クロスは言いながら上げていた両手を下げて、今まで我慢していた指の痛み と出血を鎮めようと手を握って処刑の瞬間を待つ・・・ふりをしてさりげなく リストフォンの短縮ダイアルのボタンを押す。スピーカーは完全な沈黙を保ち、 ダイアルトーンは目立たないように、静かに、影の中から電脳空間をさまよう 冷徹で致命的な一撃へと、シャドウランへと姿を変える。  ガルシアの周囲に壁を作るように立っていた兵士達が緊張した面持で改めて 銃を構え直す。ガルシアが手を掲げて、処刑準備の合図。流血を心待ちにして いた人間に特有の興奮が障壁の呪文越しにクロスにも嗅ぎわけられるようだ。 「やれ。」  ガルシアが掲げた腕を振り下ろして射撃を命じるよりも速く、クロスのかけ た電話ガルシアの後ろのインカムに着信し、呼び起こす。その時に電話回線に 流れる電流はごく僅かだが、仕掛けられたプラスティック爆弾を爆発させるに は十分だった。          ╋        ╋        ╋  ガルシアがストレッチャーを押さえていたのが命取りになった。特にストレ ッチャーに残っていた手榴弾と酸素ボンベが。更に命取りだったのは、ザンジ ヴァルの攻撃的な魔法を完全に封じるために、その場に魔法使いを連れてきて いた事だった。  大抵の魔法使いは至近距離で予想外のプラスティック爆弾が起こった時には 立っていられない。そして、大抵のマンデインは魔法使いの支配を脱して暴れ ている精霊と障壁の呪文の向こうから仕掛けられるザンジヴァルの魔法の攻撃 を同時に受けた時には立っていられないのだ。  特に至近距離で爆弾が爆発した直後には。  ガルシアの部下のうち少なくとも3人はプロ中のプロで、辛うじてクロスの 仕掛けに反応していた。その3人が爆発を生き延びていればその後の状況はも う少しタフだったかも知れない。だが、クロスにそう思わせるほどの超一流の 動きで瞬時に反応してその3人が取った行動と言えばガルシアの盾になること だった。  もしクロスが職業ボディガードで、同じ状況に出会ったなら同じ行動を取っ ていたかも知れない。もっとも、彼らの行動はヤクザ独特の忠誠心による物で あって、護衛のプロとしての矜持とは関係ないのかも知れないが・・・。  彼らが幾ばくかの余分な爆発のエネルギーを吸収した結果、戦闘が一段落し た時には、傷だらけになりながらもガルシアには意識があった。 「何か言ってやれよ、ザン。」 「俺達はボーイスカウトでね・・・以下省略だ。」  ガルシアに歩み寄る二人。  クロスは這って逃げようとするガルシアの頭を掴み、口にプレデター2の銃 口をねじ込む。流血への興奮から流血への恐怖への転位の完了。  ザンジヴァルが言う。 「ヘイ、ガルシアさんよ、十字を切って死ぬ前のお祈りする時間だけは与えて  やってもいいんだぜ。」  ガルシアが充血した瞳ですがるような視線をクロスに向ける。しかし、ガル シア何かを喋ろうと口を動かすより先に、クロスが言った。 「すまんが、ザンが言ったのは、嘘だ。」  この日最後の銃声が鳴り響いた。 「帰ろうぜ。」  言いながら、クロスは手近な所にあった、壊れたトリッドに映し出される人 間のような状態になった死体のかけらからナイフを抜き出して、血漿が焦げ付 いたエレベーターホールの壁にクルシフィクスを刻みつけた。  指の代償は貰った、交渉成立だ、とでも言うように。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  馴染みのキャフェ・ネオプラの馴染みのテーブルにまた一つクルシフィクス が増えた。そろそろバーテンに文字どおりのテーブル料を支払う頃合かも知れ ない。 「交渉成立だな。」  ハーヴィは満足そうにうなづく。 「ガルシアは死ぬ前に何か言ってたか?」 「さぁな・・・話を聞いて無駄にする時間も奴が奥歯に自爆用のスイッチを仕  込んでいないって確信も無かったもんでね。」 「なるほど・・・しかし、私を殺す時の演技からして今回は完璧だったな。今  日は何杯でもおごってやりたい気分だよ。」  だが、当面、不自由せずに生活していけるだけの額面のクレッドスティック を手にしたクロスは既に席を立っていた。 「遠慮する。ザンとホークアイに分け前を振り込まにゃならんからな。」  ハーヴィは慌てて、 「・・・待てよ、クロス。今日はいつにも増して不機嫌だな。俺は出世したし、  お前は芸術的な仕事を完了したんだぞ。祝杯くらいはいいだろう?」 「芸術だなんて言うなよ。俺達の仕事は日本人のフィギュア・スケートみたい  なもんだ。」 「・・・?」 「計算された演出と、それを実行する技能の問題って事だ。テクニカル・メリ  ットは高いけど、アーティスティック・インプレッションは低い。わかるか?」 「わからんね。」 「一晩で半ダースもクリップ使って、70人から殺したんだぞ。しかもその8割  は無抵抗の非戦闘員だ。端から見てて気分良かったか?」 「もちろんさ。目障りな奴が消えるところを見るのはいいもんだ。しかも芸術  的な手腕で消えるとあればなおさらね。・・・わかった。つまり、こういう  ことかね?お前みたいな、依頼されれば赤ん坊の寝首だって掻くような男が、  今晩に限って下らん感傷に浸りたい気分で、ついでに俺の気分を壊したい、  と?こういうことだね?」 「ハーヴィ、それじゃあんまり阿呆で情けないぜ。確かに俺は金さえ積まれれ  ば赤ん坊の寝首の一つや二つは掻くだろうけど、それは仕事であって、好き  とか嫌いとか感傷とかそう言った事とは関係ないよ。スリルとロマンを求め  て片手間でランナーやってるソープドラマの主人公じゃあるまいし。十字架  を背負ってるからランナーやってるわけで、さ」 「十字架?」 「お前さんの所の兵隊がお前さんに対して抱いてるような奴だよ。俺はそれを  自分自身の内に抱いてるってだけ。」 「・・・?? 忠誠心とか管理とかのことか?」  何か言おうとして、少し考え込むクロス。 「・・・・やめとこうぜ。これ以上は無駄だよ。」 「・・・・・・そうか。無駄なら仕方ないな。俺もこれ以上気分を壊される前  に一人で飲み直すことにするよ。・・・とまれ、またいい仕事が入ったら回  してやるから、その時はよろしく頼む。」  クロスは軽く手を振って店を出た。ハーヴィはいい奴だが、立場の違いから たまにこんな風に話が通じなくなる事もある。もっとも、クロスのこの手の話 は誰にも通じない事が多い。  これからハーヴィはヤマザキ組の中で地位を固めて権勢を欲しいままにする だろう。話が通じないくらいで切り捨てるわけには行かない大事なコネだ。 「てやんでぇ・・・・。」  気温が低下してて、雨が雪に変わる頃合だった。極端にpHが低いのは相変わ らず。シアトルの冬は過ごしにくい。  クロスはコートの襟を立てる。  頬にペイントされたクルシフィクスが隠れた。 >(Now data crossed out )