■ ストリート ■

(編注: 本文書は富士見書房版日本語版(英語版 Second Edition)を念頭に書かれたものです)

(編注2: 本文中、何度か出てきている "Quotes" というのは、富士見書房版日本語版(英語版 Second Edition)ルールブック中のアーキタイプやコンタクトの説明文に書かれているセリフのことです)

PCを知る上でも、世界を知る上でも、スタイルガイドが欲しい

こういう意見はよく目に/耳にします。

これに最適なのは、やっぱアーキタイプやコンタクトの Quotes かと。幸いなことに日本語版でも省略されずに載っていますし。各章の頭にある「ストリートの諺」とか、架空著名人の一言もいい。

ひじょーに気に入っていたものの、「どういう日本語訳がつくんだろう?」と気にかかっていた 蛇のシャーマン,エス・エル・エル(Ess El El) の部分 ("WELCOME TO THE SHADOWS" という英語版の冒頭) が落とされてしまったのは残念ですけどね。参考までに原文は
You wanna run the shadows? Then listen, chummer, learn everything you can, cuz ignorance will kill ya faster than a fireball.
というものでした。"You wanna run the shadows?" の日本語訳って気になりません?(笑)

つまりそのセッションにおいて、初心者プレイヤーがもっとも必要としただろうと推測できるシャドウランに関する情報は何か、ということです。プレイヤーに Quotes だけじゃ不足だと言われたんです。あれだけでキャラクターを理解したり、まあ理解しなくてもいいか、とりあえずプレイスタイルを決められる人って、すくなくともハードボイルド小説とか映画とかで、ある程度そういう世界観を会得している人だけなんじゃないの?

それでも私は Quotes を薦めます。個々のキャラクターを決めるためにアーキタイプのそれぞれに付いているものを読むだけでなく、アーキタイプ/コンタクトのもの全部を読んで欲しい。この世界の他の連中はどういうことを考えているのか/どういう考え方をするのか、というのを理解するために一番手っとり早いんじゃないかと思うから。そこらへん理解していくと、世界も少し見えてくるんじゃないかな。自分のPCを固めていくのは、それからでいいと思う。

「シャドウランナーという存在の根底に流れているのはこれだよ」と示せるキィワードはいくつかあって、『ネオ・アナーキズム(この SHADOW #3 に同梱されている別ファイル参照)』とか『プロフェッショナリズム』とか『オン・ジ・エッジ』とか『都市伝説』とか。

私自身どうやってシャドウランの世界観を獲得してきたかというと、ヴィジュアルな点ではやはり映画が多い。近未来のパンクな雰囲気というのはやはり洋画。よく引き合いに出される『ブレードランナー』の、酸性雨の降りしきる街とか。あとは最初のマスターが雰囲気の描写が上手かった。これに影響されている部分はすごく大きい。最初にわけわかめな状態でやったのが傭兵キャラで、このときは、サイコロ振ってりゃいいや~、だったな(笑) 無謀にもリガー運転の車輌の後ろに掴まって移動しようとしたら(よく映画でやってるぢゃないか)振り落とされたり、色々ありました。その次がギャングメンバーで、これ以降ずっぽりと「ストリート」の空気に染まってます。映画や本で「ストリート」感覚を(なんとなくでも)掴んでいた、しかもそれが好きだった、というのは確かにあるな。

それとサプリの山ですね。シャドウランの世界を理解するにはシャドウランのサプリを見るのが一番の早道ではないかと。

The Neo-Anarchist's Guide To North America というサプリでは、シアトル及び NAN 以外の北アメリカの解説がされてます。物価相関表とか見ているとなんとなく情勢が見えてきたりして面白い。一番のお薦めは、やはり Seattle Sourcebook でしょうか。ほかにも Corporate Shadowfiles とか Fields of Fire とか Lone Star とかいう具合に、一部にスポットを当てて紹介するという形でこの世界を浮き上がらせよう、という方向でサポートがなされています。Shadowbeat も The Neo-Anarchists' Guide To Real Life も生活の一片のクローズアップだし。

具体的に「これこれこういう世界なんだよ」と表現はしてないけど、ピースが提示されることによってじわじわと世界が見えてくる。私の場合もそうやって少しづつ見えてきた。示されたピースが絡み合って、さらに Shadowtalk なんかが加わって独特の雰囲気が醸し出されてくる。シャドウランというシステムそのものがそういう形で世界を見せているので、ずばっと「こうだ」と示せるものってないんじゃないかなぁ。どのピースをどう使うかで、マスターによって世界も少しづつ変わってくると。

『サイレント・メビウス』というのがありまして。
困った事に(って頭がシャドウランでなければ別に困る訳ではないが)これが近未来魔法&妖怪もの。マトリックスだって出るぞ。リガー・デッカーだな、そういえばこいつ。
このあたりを下敷きにする可能性は割とあるのでわ・・と思う。
で、読むとわかりますが、『サイレント・メビウス』に欠けているのは“ストリート”です。なんかあやしー奴が出る話もあるけど、すごく少ない。士郎正宗氏の諸作品あたりも下敷きになる可能性高いけど、やっぱり“ストリート”がないわな。多少はあるけど「チョイと出」くらいだし。

「ストリート」の感覚ってすごく大きいわな。んでもって「これがストリートだよ」というのもまた説明しずらい。『セサミ・ストリート』だって『ウォリアーズ』だってストリートなのだ。

実はサイバーパンクのパンクたる所は“ストリートの存在”にあるわけだから、これをクローズアップするのが実は一番かもしれない。

最低限どの要素が入ってるとストリートか、ってのは、「ストリート」の説明の必要を感じてからこのかたずっと考えているのだが、いまいち決め手がない。個々の要素を取り出していくと、日本にもありふれているものばっかりだったりする。日常生活の一部だから。「企業活動」というか、「勤め人としての日常」にはあまり関係なかったりするんだけど、そのサラリーマンが一個人の場面には関係があることも、とか、すぱっと説明出来ない。

じつは、ダークコンスピラシー(日本語版)のシナリオ『シンギング・イン・ザ・ストーム』かなんかいうのを持ってまして。なんで買ったかというと、これに「スラム」の解説が載っている。スラムを解説しないといけないほど日本は豊かなわけで。ただ、「ストリート」の説明に流用できるようなものではなかった。

理解できない人にまで無理してシャドウランを薦める必要があるのか、つー意見はなしね(^^;)、とりあえず。

実はこういう意見なのね(^_^;) シャドウランの「匂い」って結構人を選ぶと思ってるし。アメリカではやたらウケたみたいだけど、その建国以来受け継がれて来た精神みたいなものが、日本と全然違うなというのは、いろんな面から感じているので、アメリカでウケたほど日本ではウケなくてもしかたないよな~とか考えているのだった。例えばグループ SNE の手によるリプレイ、あれに違和感を感じている英語版からのプレイヤーって多いのだけど、そういう意味で、日本で大流行するとして、これまで私たちが「これがシャドウランだ」と思ってたものとは違うものである可能性が高い。尤も、英語版からのプレイヤーが思っている「これがシャドウラン」ってのも、個人差があるだろうし、唯一の正解でもないだろうけど(でも SNE リプレイのシャドウランの世界観よりは、FASA の路線に近いものだと思うなぁ)。

-- 世界の住民としての心得 --

まず、第一歩として、PC達は確かに一芸に秀でているかも知れないけれど、社会的には抹殺されている、と言うことを覚えておきましょう。どんなに喧嘩が強くても、コンピュータの扱いがうまくても、まぁ、言葉は悪いですがホームレスみたいなもんです。ホームレスと違いがあるとすれば、ホームレスには人権と、食料の配給やら職場探しなどの社会的扶助がある、と言うくらいのモンでしょう。

やっぱり、世の中、モノを言うのは暴力や技術よりも金と権力です。そして、シャドウランの世界では金と権力はメガコーポと呼ばれる大企業に集中しているのです。なぜなら、権力とは即ち金で、金はメガコーポに集中するからです。

PCであるシャドウランナーが住む世界「ストリート」は、やはり「体制/反体制」で言えば「反体制」。メガコーポとかの企業支配には入っていない、というか落ちこぼれている。整然とした企業社会に対するアンチテーゼでしょう。

で、一つ間違わないで欲しいと思うのは、ストリートって無法地帯じゃないのね。全然足りないにしてもポリスの力が及ぶところなのだ。よく近未来のポスト・ホロコーストもののアクション映画で、暴力の支配する荒廃した街なんてのがあるけど、あれってストリートじゃないよね。

生活していくうえでのルールはストリート独自のものが法に優先し、ポリスは「勢力の一つ」というあたりか。必然、暴力的傾向は高いわな。住民自治っていえば言えるけど :)

で、「都市」でないと存在出来ない。ストリートは都市の「裏の顔」なわけで、生産性を担う大きな部分が無いと困るわけです。ストリート自体は決して「生産者」ではない。だから村落共同体にはストリートって無いでわ。

この「表の顔」を代表するものが「コーポ」であり、コーポに属する「シャイクジン/ウェイジ・スレイブ」であり、SIN 付きのクレッドスティックで日常生活を送れる人々なわけです。

で、日本ですが。

まず住民自治って意識が薄い。それと隅々まで「体制支配」が行き届いている。意識構造的にも「でっかい村落共同体」だとよくいわれますが、やっぱ村にはストリートできないやね(だから村落共同体の香り漂う下町になるのだった。いっそ日本のランナーは浪花節を基本として…… :))。

で、前に戻りますが。私を含めて、翻訳以前からシャドウランをプレイしている面々というのは、たぶん、そういう要素 -- 例えば銃犯罪の多発 -- がある世界に生きている人間は、そういう要素に直面したときにどういう対処をするか(知識として)知っている。そして正しい対処をしても、必ずしも回避出来るものではないというのもわかっている。むろん日本語訳が出てから始めた人の中にも知ってる人はいるだろうけど、知らない人も多いと思う。

例えば銃声がしたら伏せたり物陰に走り込んだりする、「フリーズ」と言われたら声のしたほうをとっさに振り向いたりせずに身動きしない(確実に自分のほうが腕が上で、振り向きざまに爲留められるという確信があれば別)。実際に自分の身体がそう動くかどうかは別にして、そういう世界に住んでいるヤツならそうするだろうことを知っている。

これをしみじみと実感したのが、先の「某教団東京総本部前拳銃乱射事件」ではありました。周囲を取り囲んでいた報道陣は銃声が鳴り響いた時、何をしたか。
「伸び上がって、どこから銃声がしたのか確認していた」
のです(^^; 素晴らしい。シャドウランなら修正-1(いやいや-2かな)をプレゼントしたいところです :)

最近でこそ、日本でも銃を使った犯罪なんてのも日常化してきましたが、まだ住人に対処法が身に付くほどでもない(幸いなことに)。そういうものが無いところに、そういうものがある背景世界を持つものを持ってきて、「知識」のほうは与えていない。このあたりがやっぱり「政治的に正しい」プレイに流れてしまう原因なんじゃないかと思うがどうだろう。

先日、別の記事のために映画関係の本を見ていて発見したんですが、アメリカでは最近「土地を囲ってしまって限られた人しか入れないようにする」という“ゲート付きコミュニティ”が増えて来ているとか。数軒から多いとこだと千軒以上の敷地を塀とゲートかなんかでぐるっと囲んで出入りを制限して、治安の維持をはかるんだそうで、まるで西部劇の開拓村。

シャドウランの世界にもやっぱこういうのあるんだろうなぁ。警備会社もピンからキリまで色々あるみたいだし(有名どころがローンスターとナイトエラントで、それぞれ "Lone Star Security Soucebook" と "Corporate Security Handbook" というサプリメントが対応しているようです)。そういう Secured Community にサービスを提供しているような、そこそこの規模の警備会社もいっぱいあるに違いない。

これの極端な姿が「アーコロジー」ではないだろうか、という話もありますが、警備を突破しようとする側から見ると結果的に似たよなもんだと思うけど(程度の差こそ極端なれど)、住人自ら求めたという点が大きな違いじゃないかと。

で、アーコロジーから誰かを連れ出すってのが小説 "Never Deal With Dragon" の冒頭で、これは連れ出される側が望むケース。基本ルールにも多分載ってるんじゃないかと思われる Restraint(拘束具)に Screamer とかいうのがあるんだけど、アーコロジーの住人は、居住区以外ではどうもこれを着用(?)させられているらしい。読んだ中では、レンラクアークの下の方の、外部の人も利用出来るショッピング・モールで着けさせられていた。勝手に出て行かないように。勤務中がどうだったかはちと失念。でも、当人のセキュリティ・クリアランス(笑)以外の場所に入らせないための規制が、何かあるはず。アークの外に出るときは、行き先指定で、指定場所から外れるとやっぱ Screamer が作動するんだったと思う(しかも護衛 -- Red Sam -- がくっついて来た(^_^;))。こうなるともう「安全を買う」というより軟禁状態でわ。しかしアークの住人はそれを当然として受け入れてるんだろうなぁ。

従業員がどこにいるかすぐわかるシステムは、実際に研究されているはず。

-- ギャングメンバー --

私がアーキタイプの中で、一番「ストリート」を体現してるようですごく好きなのがギャングメンバーなんです(^_^;) 私の回りのマスターのオリジナル・シナリオではよく雑魚敵として出されるのが悲しい(はっ、もしかして私に対する嫌がらせかっ)。で、こいつらについて、割と日本では認識が間違ってると思うんで、ストリートと併せて説明してみようというのがこの章。

先日 TV で初めて『48時間PART2 帰って来たふたり』を見ました。やはりパート2というかなんというかまぁ映画的には前作ほど面白くなかったんですが、それはどうでもいい。ちとストーリーのネタばらしになりますが、この映画のウリはストーリーではないと信じるのでいいだろう。

ニック・ノルティ演じる刑事がアイスマンと呼ばれる裏の世界のボスを追い続けており、エディ・マーフィー演じるところのチンピラがその情報を知っている。そこでこの二人を消すべくアイスマンが刺客を放つわけですが、こいつらが実に見事にゴーギャングのランナーだなぁ、と思った次第。

「ギャング」てぇと、イタリア系の組織を連想する方もいらっしゃるでしょうが、シャドウランでは、こちらの流れはマフィアになります。で、ギャングてのは集団そのものを指しますので、構成員個人はギャングメンバーということになります(のでシャドウランのアーキタイプもそうなっている)。この単語も長くてめんどいので、ギャンガー ganger という呼び方をします(英語版ではそう呼ぶことがある)。マフィアのメンバーの場合は、マフィア・ソルジャーというのもコンタクトにありますが、ギャングスター gangster とも言います(Prime Runners に居る。但しヤクザ系)。

舞台はサンフランシスコなんですが、このギャンガー達、L.A.のバイカーの一員です。数年の間に2桁の殺しをやってるという連中。普段は暴走族まがいのことをやっているけど、ビズがあると出かけていって仕事するらしい。

暴走族というと日本のティーンエイジャーの暴走族を思い浮かべる向きもいるかと思いますが、むしろアメリカのヘルスエンジェルスを想像してください。ローリング・ストーンズのコンサートの警備に雇われて、興奮した客を殺してしまったことのある連中です(いつの話ぢゃ~)。数カ月前に幹部が数人逮捕されたんですが、持ってた装備(武器だけではない)も罪状もなかなかのもんでした。中には「探知機をごまかすための袋」というのもあった。ピストルや手榴弾なんかが入ってるんですが、たぶんステルス素材を使った入れ物なんだろう。
チャーリー・シーンが主役を演じた『キング・オブ・ハーレー(Fixing the Shadow)』という映画は、実話を元にした映画で、巨大な力を持つゴーギャングに潜入捜査するんですが、こいつら、麻薬やピストルはもとより、ミサイルの密売までやってました。シャドウランでは小さなストリートギャングのメンバーが雑魚扱いで敵になりますが、大きな組織になるとギャングといえど侮れません。

で、L.A.のギャンガー二人に指示を出す立場のやつが一人いました。海兵隊上がりということで、爆薬を渡されて、エディ・マーフィーの車の盗難防止のための警報装置のスイッチに連動させるという技を見せていた。こいつがまぁストリートサムライ相当になるんかな(もちろんサイバーウェアなんぞ入ってませんが。サムライとギャンガーと傭兵の中間くらいだな)。三人の中では最初にやられたけど(^_^;) 他に、ランナーを揃えるフィクサー役なヤツもいた。ここらへんの参考にするにはいい映画かもしれない>『48時間パート2』 どうでもいいけど、ゴーギャングな二人はバイクの技能も割と高かった(笑)

そいでもって私は言いたい。40代でギャングでもいいぢゃないか~。但しギャングの中でそれなりのカオになってないとちとアレだが。この映画に出てたのが20代半ばのと30前後だと思う。海兵隊上がりのやつはもっと上に見えた。前述の『キング・オブ……』も、ボスは30代後半、主要メンバーの殆どが30代40代に見えたな。

んで、先日某氏と話してたんですが、やはりこれ、アメリカ的なバックグラウンドがあるというのが大きい。某氏曰く「競艇でスッて、シケモクふかしてるオジサンたちも、もしストリートのエチケットと拳銃もってれば、立派に老けたギャンガーに更正すると思うな」。私は思わないです(^_^;)

ところでシャドウランのギャングには2タイプあって、もう一つがストリートギャングと呼ばれる一派。ゴーギャングが、拠点はあるものの広い活動範囲を持つのと違い、自分達が住むところを縄張りとします。ゴーギャングより構成メンバーの年齢も若い傾向にある。私が持ってる、ニューヨークのストリートギャングにインタビューした本では(時代は現代です)、15歳のボスが出てきます。3人の子持ちだそうだ。やっぱり縄張り争いをしてて、移動は自転車でやる(^_^;) 武器は、モノにした女の子の母親(貧しいんですよ。ストリートギャングのボスの女になって、盗みなんかで得た金や食料がないと暮らしていけないくらい。だから母親は、自分の娘がそうなって喜んでいます)がキープしてて、必要になったら持ってきてくれる。それでも日本のいわゆる「チーマー」より、武装化度,暴力依存度はかなり高いです。ギャングについての詳しいことは、Seattle Soucebook に記されています。Prime Runners にも何人か登場します。なお、このインタビュー本に出てくるギャンガー達、電話もないのになかなかの情報入手力でした。

このストリートギャングをネタにしたシナリオが、サポート誌であるドラゴンマガジンだかRPGドラゴンだかに載ったことがあります。作者は『シャドウランがよくわかる本』の村川氏。ところがこれが「ストリートの掟」とかいうありもしないものを使ったものでした。あんな「ストリートの掟」なんてありません(どういうものかは、却って害がありそうなんで書きません)。

先ほどの某氏との会話でも出たんですが、このシナリオで重要なのは、人質とされている女の子が、ギャングボスに、自分から付いて行ったという部分。ランナーが相手にしようとしているのは「女性を誘拐するような悪人ではない」わけです。だから「殺してはいけない」。おそらく「政治的に正しい」シナリオだったんだろうな。うぅむ。あぁ話がズレまくっている。

さらにドラゴンコミックにおけるマンガ『シャドウラン』関連で出た話題に以下のようなものも。このマンガ、企業に「我々の私有物だ」と言われるストリートサムライが出てくるんですが。

ストリート・サムライの「ストリート」っていうのには、フリーランスであるという意味合いも含んでいると思う。メガコーポ子飼いのサムライは、コーポレイト・サムライなどと呼ばれることもあるし、そもそもストリートっていうイメージとはかけ離れているよね(なお、実際には、アーキタイプの一つである“フォーマー・カンパニーマン”が「元コーポレート・サムライ」という位置付けだと思ってもらって間違いありません。キャラジェネ時の数値間違いのせいで、かなり弱っちくなってしまっているが。リプレイの紫雲が割とそういう「元コーポ・サムライ」の演技を上手くやっています。が、こっちのほうがストリートな他のキャラクターよりランナーっぽいってのはナンだな)。SNE 展開における背景世界関連の手抜きが、こんな基本的なところまで害を及ぼしてると考えるとぞっとするものがある。

-- 映画に見るストリート/シャドウラン --

映画の話が出たんで、そのついで。

まぁ洋画(特にアメリカ映画)では、現代モノである限り“ストリート”が出てこないものを探すほうが難しいくらいですが、ストリートの雰囲気プラス・アルファのあるものを思いついた中からご紹介。

あと、たぶんスパイク・リー監督の作品なんかには、いっぱいストリートな要素がつまってるんじゃないかと思うし(←あまり見てない)、『JM』も、シャドウランの舞台の参考という視点から見ると使えるんじゃないかと思うし(やぱし見てない(^_^;))。エディ・マーフィーの出てる映画って、ぢつわあまりストリートの匂いがしない、とかもあるな(『48時間』は別)。スタローンとかシュワルツェネッガーとかM.J.フォックスとかのも、そういえばストリートな雰囲気のあるものは少ないような気が。ビッグネームの出てる映画ってあまりストリートの参考にはならんかも。

他にもいっぱいあって、だーっと名前だけ列記するという荒業もあるけど、かえってごちゃになりそうなんでひとまずこれくらいで。シャドウランにも White Wolf の "World of Darkness" シリーズや SJG の GURPS みたいに、「これを参考にしたまい」リストがついてるとよかったな。

邦画でストリートなのって、邦画自体あまり見ないのでよく知らないのだが、いくら「裕福じゃない」と言っても少なくとも『寅さん』シリーズじゃないと思う(^^;) 思い付いたのが『爆裂都市』だけなんだが……。

-- ストリートの金銭感覚 --

先にエディ・マーフィーの出てる映画ってあまりストリートの匂いがしない、と書いたんですが、先日 TV で見た『大逆転』もそうだったな。マーフィー君、映画冒頭では社会の最底辺にいる生活をしてたわけですが、やはりストリートな部分は出てこない。

が、一つだけ収穫。そういう最底辺な生活をしてるやつが、行きつけのバーに行く。バーテンから「おめぇよく顔出せたな」と言われる。ツケが溜まってるんですね。最底辺の生活レベル -- Street Lifestyle -- のやつが、おめぇにはもうツケでは飲ましてやれん、と言われる金額が26ドルだか27ドルだかでした。ドルはだいたい新円と同じ価値だと思えばいいです。

この映画、設定が極端なので、27ドルがまぁ4倍になったとしても、だいたい100新円くらいです。今の日本円に換算して一万円を越すと、「こいつ払いきらんかも」と思われるだろうと。つまり100新円て、ストリートな住人にとっては結構使いでのある金額なんです(物価そのものを日本 -- 特に東京あたりの都市部 -- のそれに当てはめて考えると、そこでズレが出ます)。なんで100新円つまり100ドルにこだわるのかというのは、後で説明します。

いちおー参考までに Seattle Sourcebook についている2050年代のシアトルの物価を一部。

カプセルホテル25 n¥(NAgRL で 30 n¥ に値上がり)
ホテルの朝食(チップ込み)5 n¥
ファミレスで夕食(同)23 n¥
これくらいでも Street Lifestyle な人にはそう簡単に毎日毎日は出せない金額でしょう。
路線バスダウンタウン内はタダ。都市近郊部で 1 n¥
プロ・スポーツいい席での観戦 35 n¥
単純な情報20 n¥
デリケートな情報200 n¥~

「単純な情報」ってのは、例えばBTLチップはどこで買えるか(最末端売買でしょう)とか、その手の、ある程度手間暇かければ誰にでもわかるけど、時間を惜しんで買う情報の類。逆にここで妙に大金払ったりすると、胡散臭いヤツと思われかねません。金銭感覚が自分達とは違う、別の世界(社会/コーポとかマフィアとか)の住人、下手うつと敵、と見られるわけです。或いは、ヤバイことが絡んでいて、かかずらうと後で面倒なことになると勘ぐられ、追い払われます。なお、BTLチップとか、えっちなお楽しみとか、そこらへんだいたい50n¥です。

「デリケートな情報」てのは、それこそ事情を知ってる者しか知らない、当たるべきところに当たらないと出てこない情報ですね。ちょっと込み入った、出所の目星がつけやすそうな→自分が喋ったとバレそうな→危険度の高い情報だと、金額も張ります。ドラマガの初回のリプレイで「一人あたり400新円ぢゃん」と評判が悪かったのも、このあたりの値段が基準としてあります。

んで、そういう「相場」を把握してる、というのもエチケット(礼儀作法)のスキルに含まれますので(ストリートに限らない)、PCが払うべきときに出し渋ったり、逆に素っ頓狂な金額を提示してしまったようなときは、判定の目標値に修正入れてしまってよいと思います。当たる相手を間違えないってのが大前提としてありますが、このあたりは、アーキタイプやコンタクトの、説明の部分やスキルを見ていくと、だいぶわかります。

参考までに、私がアメリカ映画から得た判断基準を書いておきます。よく私服刑事あたりが、めぼしいバーに入って一杯注文したあと、バーテンにこそっとドル紙幣を渡して情報を聞き出したりしてますが、あれはたいてい10ドル札です。場合によって2枚だったりします。道端の酔っぱらった浮浪者相手だと、1ドル紙幣でしょうか。末端のヤクの売人が卸元から仕入れるときに、10ドル紙幣や、ときには20ドル紙幣を10枚単位で丸めて筒にしたような形にしたものを、現物と交換してるシーンを見たこともあります。卸元がさらにその上の密輸組織と取引したり、密輸組織が南米とかの密造組織と取引するような場面では、さすがにトランク一杯とかになりますんで、100ドル紙幣も見かけることがありますが(こっちはどうせロンダリングしないと使えない金)。誘拐犯が身代金を、「使い古した小額紙幣で用意しろ」と指示することもありますね。高額紙幣は使いにくい上に、使ったとき相手に自分が使ったということを覚えられる危険も高くなるからです(使い古したものを、というのは、番号を控えられるのを恐れてです、もちろん。このあたりは日本も同じ)。

アメリカでは、50ドル紙幣以上は殆ど一般には使われることがありません。日本の場合より偽札が作られることが多いせいもあって、あまりハイソでない所では、100ドル紙幣は釣りがないと言って使用を断られることもあるそうです。どうやるかというと、10ドル20ドルくらいの紙幣をいっぱい払う。このあたりで既に日本での感覚が通用しなくなりますね。

ハイソな場所で高額なものを買うときは、現金よりクレジットカード、もしくは小切手が使用されます。シャドウランではクレッドスティックで金銭の流通を行っていますので、100ドル紙幣のような基準はないんですが、一体に100新円を越える金額の場合、その情報にアクセスすること自体が大きなトラブルにかかわっていると、聞き出そうとする相手に判断されると考えてよいでしょう。逆に言うと、相手がその気でいるのなら(自分は大きな情報を握っていて、それを売ってやろうってんだから景気よく払えよな、とか思っている場合)、数百新円が相場というところですか。それなりのコネクションがある相手に、あることについて調べてくれ、と言って依頼したような場合だと、内容に応じてですが、時には数千新円のオーダーになることもあるでしょう。

著: PANIC / HTML化: 武藤 潤 (Jun Muto)
(by PANIC, 1996 / HTMLized by Jun Muto, 1997)